「だから言ったでしょ」と言われても…【親と繋がる】

連載コラム

バスで小耳にはさんだ会話

先日バスに乗ったとき、ふと後ろの席に座っている父娘らしき方の会話が聞こえてきました。
娘さんとおぼしき女性が「だからもう庭仕事なんてやめてって言ったでしょ。これからは業者さんにお願いするからね!」とややきつめの口調で話していて、父親のほうはだんまり…
お二人がバスを降りる様子をみていると、どうやら父親が怪我をしたようで、娘さんが付き添って病院に向かうところのようでした。

高齢になりますと、ちょっとしたはずみで転倒して怪我をしてしまうことが多くなりますよね。離れて暮らしていると何かあってもすぐに助けには行けないので、子供世代としては親の生活のなかで怪我のリスクにつながることは極力避けてほしいと当然考えるでしょう。
その心配が高じてつい、怒ってはいないけど親を責めるような口調になってしまうのも仕方ないことと思います。

高齢の親 怪我

「だから言ったでしょ」が親の自信を奪ってしまう

上記の娘さんは日頃から怪我を心配して忠告していたと思われます。「だから…」の口調に「ほら、私の言ったとおりでしょ。元気で長生きしてほしいから、もっと私の意見も聞いてほしいのに」という苛立ちもうっすら感じました。

一方、私はバスで見かけた父親男性が悲しそうなガッカリしたような、何とも言えない表情であったことが印象に残りました。
もし、庭いじりがお好きな方だったとしたら、今後その楽しみがなくなってしまうだろうことに失望していたでしょう。また、「怪我のせいで子供に面倒をかけてしまった」という罪悪感もあったかもしれません。

自身の衰えを認識しつつも親世代は「他人の手を借りないように、子供にも迷惑をかけないようにしよう」と生活全般を自力でこなすように頑張っていらっしゃるでしょう。そこで何かのはずみで失敗してしまったとき「だからやめてと言ったでしょ」と子供世代に言われると、人によってはその言葉に傷つき、自分が無力で役に立たない存在と感じたり、何かと委縮してしまうかもしれません。

「〇〇すると娘に怒られる」「嫁に叱られる」という表現をされる高齢の方とお話しすると、そのように感じることが多々あります。
子供世代が心配な思いから何気なく発した一言や「作業を少なくして楽にさせてあげよう」と気遣うことが、状況によってはかえって親世代の自活する自信や生きる意欲をそいでしまうとしたら残念なことです。

落ち込む高齢者

心配する気持ちの伝え方を変えてみる

もし親の生活のなかで、心配に思うことがあるのであればそれをすべて排除するのではなく、サポートしたりアシストするものの利用をまずは提案してみてください。

例えば、料理が好きだけれど握力が弱くなり、包丁の扱いが危なそうに見えるのであれば、みじん切りにはフードプロセッサーを使ってみるとか、庭の草むしりで腰を痛めそうなら小さな芝刈り機を利用するなどです。
新しい器具の使い方を覚えるのも親世代にとっては脳の刺激にもなります。

人間の心身機能は使わなければ衰えます。ということは、できる限り長くその機能をフルに使っていたほうが健康を保てるわけです。
何でもやめてしまうのは簡単ですが、親世代が生きがいを持ちつつ楽しく毎日過ごすために、今どんな工夫ができるかを一緒に考えてみてはいかがでしょうか。


プロフィール

氏 名  佐藤 栄子
大手不動産会社で約20年、主に秘書として勤務。社員のヘルスケアも担当したことがきっかけで心理学を学ぶ。義父の介護手伝いのため会社を退職し、退職後は心理カウンセラーとして活動。電話・メール、対面などのカウンセリング、心理テスト作成、コラムの執筆を行っている。
一般社団法人 全国心理業連合会 上級プロフェッショナル心理カウンセラー認定試験 合格


「親子ネクト〜離れて暮らす親が、ふと心配になったら〜」は、離れて暮らす親を心配されているご家族向けに、親に関する様々なお役立ち情報を発信しているブログサイトです。
タイトルの「親子ネクト」は親とつながる(コネクト)をイメージしております。

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